2025(令和7)年度

共同研究課題

2025(令和7)年度共同研究課題一覧

※( )内は研究代表者
テーマ研究
  1. 久保栄資料の調査研究(阿部由香子)
  2. 倉林誠一郎旧蔵資料を中心とする戦後新劇の調査研究(後藤隆基)
  3. 映画関連資料を活用した戦前期の映画興行に関する研究(岡田秀則)
  4. タイニイアリス小劇場関連資料の体系的整理に関する研究(金潤貞)
  5. 前田直資料の調査研究(斎藤慶子)
公募研究
  1. 岡本綺堂旧蔵資料に関する基礎的研究(横山泰子)
  2. 日記から考える歌舞伎役者を中心にした江戸中期の文芸圏研究(BJÖRK, Tove Johanna)
  3. GHQ占領期における地域演劇の実証的研究――九州地区を中心に(小川史)
  4. 田邊孝治氏旧蔵講談資料の研究(今岡謙太郎)
  5. 常磐津節正本板元坂川屋が遺した印刷在庫の概要調査(竹内有一)
  6. 小沢昭一旧蔵資料にみる「日本芸能史」構想についての調査研究――芸能史叙述と「芸」「性」「差別」(鈴木聖子)
奨励研究
  1. 小山内薫関係資料の調査研究(熊谷知子)
  2. 「沖縄もの」演劇の系譜に関する研究——社会的背景および他ジャンルの物語作品を参照して(近藤つぐみ)
  3. 演劇博物館所蔵中国演芸貴重資料の目録作成(継続)(李家橋)
  4. 植民地期の朝鮮映画と新派的感性――日本映画との比較を通して (具珉婀)

テーマ研究課題1

久保栄資料の調査研究


代表者

阿部由香子(共立女子大学文芸学部文芸学科教授)

研究分担者

赤井紀美(東北大学大学院文学研究科准教授)
熊谷知子(早稲田大学演劇博物館助手)
藤﨑景(明治大学大学院)

課題概要

本研究では、戦前から戦後にかけて日本の新劇界を牽引した劇作家・演出家の久保栄(1900~1958)の、未整理・未公開の演劇博物館所蔵の資料(日記、創作メモ、演出ノート他)について、特に久保栄と築地小劇場との関わりに着目し調査・翻刻・考証を行う。2024年度は未整理資料を分類した後、自筆の原稿とノート、書簡類を中心に目録化を行った。加えて久保栄旧蔵の書籍についても確認し、リスト化を行った。2025年度も引き続き未整理資料の分類・整理を行うが、これらの資料のなかには小山内薫や築地小劇場に関連する資料も多数残されていると考えられる。演劇博物館にすでに収蔵されている関連資料の検討を並行して行いつつ、一次資料をもとにした久保栄の基礎的研究の基盤を固めていきたいと考える。

研究成果の概要

久保栄は様々な新劇の劇団の活動・創設に携わり、戦前から戦後の新劇界で大きな地位を占めた作家だが、現在その研究が進展しているとは言い難い。演劇博物館には久保の養子の久保マサ氏より多くの資料が寄贈されたが、ほぼ未整理の状態であり、久保栄研究の基盤を形成するためにはそれらの資料整理が急務である。
昨年度は混在する様々な資料を分類整理し、自筆の原稿やノート、書簡類などを中心に目録化を行った。今年度も引き続きこれらの作業を行いつつ、さらに分類が難しい雑多な資料の分類整理に着手した。
これらの資料は新聞記事の切り抜きやメモ、断片的に書かれた日記やスケジュール帳、写真、書簡、権利関係書類などが混在しており、ひとつひとつを確認し保存の方法や目録化について検討する必要があり、多くの時間を要した。
今回の整理により、久保栄の師匠である小山内薫関連の資料や、久保栄最晩年の病気療養中の日記など、貴重な資料が多数発見された。小山内薫の関連資料では小山内が1927年にモスクワを訪問する際に銀座のモナミで開催された送別会のメニュー表(小山内の署名入り)や、1927年12月2日付のモスクワから築地小劇場の劇団員に宛てて送った絵葉書があった。絵葉書には劇団員を労う言葉とともに「空気饅頭」(ロマショフ作)観劇の予定などが書かれており、モスクワ滞在中の小山内の生き生きとした様子が記される。メニュー表などを久保が丁寧に保管していた様子もうかがわれ、久保にとっての小山内の存在の大きさが伝わる。
メンバーの熊谷知子は演劇博物館所蔵の小山内薫の葉書の翻刻・紹介も行っており(熊谷知子「資料紹介 小山内薫葉書(小山内登女子宛)紹介」『演劇研究』第49号)、これら既存の所蔵資料とあわせて検討することで、本資料が小山内薫研究の進展の一助になることも期待される。
久保栄資料の整理・調査および築地小劇場との関わりを検討してきた成果として、赤井紀美、熊谷知子、藤﨑景はパネルセッション「早稲田大学演劇博物館所蔵資料からみる新劇と興行」(2025年度日本演劇学会全国大会、広島大学東広島キャンパス、2025年6月22日)を行った(ディスカッサントは児玉竜一演劇博物館長)。 「興行」という視点から改めて演劇博物館所蔵の新劇関連資料を紹介する試みであり、赤井は戦時下の移動演劇について久保栄旧蔵資料の書簡や、内閣情報局の資料から検討した。熊谷は築地小劇場の売上票をもとに劇団としての築地小劇場の興行としての側面について明らかにし、藤﨑は劇場としての築地小劇場について考察した。研究代表者である阿部由香子も席上議論に加わった。


(左)小山内薫送別会メニュー、(右)小山内薫ハガキ(ロシアから)
「久保栄関係資料 スクラップブック[72479]より」


テーマ研究課題2

倉林誠一郎旧蔵資料を中心とする戦後新劇の調査研究


代表者

後藤隆基(立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センター特定課題研究員)

分担者

神山彰(明治大学名誉教授)
児玉竜一(早稲田大学文学学術院教授)
米屋尚子(文化政策・芸術運営アドバイザー)
藤谷桂子(早稲田大学図書館司書)

課題概要

敗戦直後の1946年に俳優座に入団した倉林誠一郎(1912~2000)は、56年に俳優座劇場を設立し、81年に代表取締役に就任した。また、65年には日本芸能実演家団体協議会(芸団協)の設立に参画し、舞台芸術における実演家の権利保護や文化活動の支援、政策提言等に多大な影響を及ぼした。本研究では、倉林旧蔵資料の調査・考証を行なうとともに、倉林の周辺も含めた広範な「戦後新劇」の実態にかんする基礎的研究を進める。

研究成果の概要

本年度は、これまで翻刻作業を進めてきた「倉林誠一郎日記」全79冊(1947年6月~2000年3月)のうち、1947年から1952年まで―すなわち占領期にあたる時期の翻刻・確認等を継続した。本プロジェクトメンバーによる解題や論考等を併載し、『倉林誠一郎日記 占領期篇』と題して2026年の出版に向けた作業を行なっている。本日記は、戦後新劇(演劇)研究に資する資料であり、興行の裏側までも事細かに記述した倉林のまなざしを通して、新劇のみならず、占領期における演劇・映画等の実態が生動感をもって伝えられるものと考えている。なお、本日記の公刊はJSPS科研費 21K00199の成果の一部でもある。
また、本プロジェクト主催公開研究会「日中文化交流と演劇の諸相 ― 戦後演劇資料とその周辺」(2025年10月21日、早稲田大学戸山キャンパス 33号館3階第一会議室)を開催した。倉林誠一郎は、日本演劇代表団訪中(1957年)や第一次訪中新劇団(1960年)に事務局長として参加し、その関連資料が演劇博物館に寄贈されている。訪中新劇団は千田是也や杉村春子らが中心となって第二次(1965年)、第三次(1981年)と継続し、さまざまな演目が上演された。それら戦後新劇関連資料を、日中演劇交流の足跡を証するものとして展観に供した演劇博物館令和7年度秋季企画展「日中演劇交流展―欧陽予倩・田漢と日本」と連動する企画として、倉林旧蔵資料をはじめとする館蔵資料等を紹介するとともに、日中文化交流において演劇が担った多様な役割について考える機会とした。
まず熊谷知子氏(演劇博物館助手)が「日中演劇交流展」の概要と展示資料に関する報告を行ない、次いで後藤が訪中新劇団に関わる倉林旧蔵資料等を紹介しながら、安保反対による反米の機運が日中文化人の連帯に影響が大きかったことを補足した。それをふまえて、演劇評論家の大笹吉雄氏にご登壇いただき、児玉竜一演劇博物館長が聞き手を務め、同時代の実態や日中演劇交流の様相、現時点での課題等について、幅広くお話を伺った。倉林旧蔵資料の調査結果の紹介に加えて、企画展と連動することで、膨大な資料を用いた展示で表現しきれなかった視角を提示できた点でも少なからぬ意義があったと考える。
また、上述した『倉林誠一郎日記 占領期篇』の公刊は、本プロジェクトのひとつの集大成だが、1953年以降の日記も翻刻の必要はある。占領期に続く日記は俳優座劇場の建設・開館にあたる時期であり、2025年に同劇場が閉館したことに鑑みても、倉林日記の調査を通して得られる成果は大きく、日記以外の資料も含めて調査を行う機会が求められる。


テーマ研究課題3

映画関連資料を活用した戦前期の映画興行に関する研究


代表者

岡田秀則(国立映画アーカイブ 展示・資料室主任研究員)

研究分担者

紙屋牧子(武蔵野美術大学造形学部映像学科非常勤講師)
柴田康太郎(慶應義塾大学理工学部非常勤講師)
白井史人(慶應義塾大学商学部准教授)

課題概要

本研究は、演劇博物館所蔵が所蔵する、草創期から戦前期までの映画館チラシを中心とした映画宣伝資料を読み解くことによって、映画館における上映プログラム、活動写真弁士や楽士等による実践、映画フィルムの配給方法の変遷等を考察し、いまだ充分に歴史化されているとは言い難い、同時代における日本映画の配給・興行の諸相を明らかにすることを目的とする。本年度は、2020年度に開始した公募研究より当チームが蓄積している研究成果も活用しつつ、昨年度に着手した駒田好洋旧蔵スクラップブックの分析も進め、より包括的な調査研究および成果公開を目指す。

研究成果の概要

本年度も新たな資料目録の作成を進めるとともに、これまでのチームの研究活動をふまえた成果公開をおこなった。まず研究の基盤をなす資料調査として、前年度から継続して演劇博物館所蔵の6冊の駒田好洋旧蔵スクラップブックのうち、未着手の2冊について目録化と分析を進めた。これらは複雑な資料の貼りこみがなされており目録化の精緻化には時間がかかるが、当チームが調査してきた映画館チラシと重なる大正期の新聞記事やチラシのスクラップを含み、今後さらなる考証を進める予定である。
また二年間の活動を締め括るものとして、2023年以来、二度目となる琵琶映画の「再現」上映に取り組んだ。今回は柳井イニシアティブの協力を得て昨年度にデジタル化した神戸映画資料館所蔵フィルム『筑紫の太刀風 石童丸』(1925 年)と国立映画アーカイブ所蔵の琵琶台本を用い、川嶋信子氏(薩摩琵琶)、片岡一郎氏(映画説明)、堅田喜三代氏(鳴物)を迎えた伴奏付上映をおこなった。また上映前の第1部のシンポジウムでは柴田康太郎(研究分担者)、紙屋牧子(研究分担者)、白井史人(研究分担者)がそれぞれ、琵琶映画の系譜、同作品の歴史的背景、ドイツにおける無声映画の実践をテーマに研究発表をおこない、第2部では児玉竜一館長の演目解説や演者とのトークをまじえ多角的な討議をおこなった。
さらに映画興行資料に関する当チームの成果公開の一環として、柴田は日本映像学会第51回全国大会で大正期の映画供給体制と札幌の映画館についての口頭発表をおこなった(2025年6月1日/於神戸大学)。岡田秀則(研究代表者)は、「全国映画資料アーカイブサミット2026」(国立映画アーカイブ(令和7年度アーカイブ中核拠点形成モデル事業)主催/2026年1月23日/オンライン)において、映画資料の保存と活用に関わるプログラム作りに主導的な役割を果たした。
またフランスで開催された上映特集「日本の無声映画」(ジェローム・セドゥ=パテ財団主催)において、会期中の2025年10月21日から25日まで、連日上映作品の解説をおこなった。紙屋は本研究の成果の一部を収録した書籍『戦争と占領の日本映画史―歴史の「闇」を捉え返す』(青土社)を2025年10月に公刊した。


駒田好洋旧蔵資料より[16758-1_009]


映画上映とシンポジウム「甦る、琵琶映画の響き2026」(2026年1月29日)にて
左より児玉竜一館長、片岡一郎氏、川嶋信子氏、堅田喜三代氏


テーマ研究課題4

タイニイアリス小劇場関連資料の体系的整理に関する研究


代表者

金潤貞(椙山女学園大学外国語学部国際教養学科専任講師)

研究分担者

岡田蕗子(京都芸術大学舞台芸術学科専任講師)

課題概要

本研究は、日本の小劇場運動において重要な拠点の一つであったタイニイアリス小劇場関連資料のうち、「タイニイアリスフェスティバル」に関する資料を中心に、整理・目録化を行うものである。1980年代以降、同劇場は国内外の劇団や演劇人との交流の場として、特に日韓演劇交流において中心的な役割を果たした。資料の体系的整理と活用基盤の整備を通して、フェスティバルの歴史的展開や文化的意義を考察するための基礎を築き、研究資源としての価値を高めることを目指す。

研究成果の概要

本年度は、演劇博物館に寄贈されたタイニイアリス小劇場関連資料のうち、とりわけ「タイニイアリスフェスティバル」関連資料を対象に、初期整理を先行して進めた。具体的には、散在していたフェスティバル関連資料(チラシ、プログラム類、上演・企画情報が記載された印刷物等)を抽出し、開催年次・会期等の情報に基づいて時系列に沿った配列・分類を行い、資料群の全体像を把握した。これにより、フェスティバルが継続的に扱ってきた領域(演劇・音楽・ダンス・映画等)や、企画の反復・更新のパターンを、資料群の編成として把握し、今後の整理・検討の見通しを得た。 あわせて、資料内容の詳細把握を目的とする打ち合わせを継続し、資料に現れる固有名(参加団体・上演作品・会場表記・共催/協力等)を確認しながら、開催経緯、参加団体の傾向、上演形態や交流の枠組み等について基礎情報の検討を行った。その際、関連する企画・シリーズの連続性についても照合を進め、今後の目録化における記述精度の向上に資する作業を行った。
また、資料上で情報が不明確な項目や企画間の関係性については、協力者である金世一(演出家・俳優)への聞き取り調査を併用し、個別資料の位置づけを確定する作業を進めた。寄贈資料は印刷物の体裁が近似するものも多く見られていたが、聞き取りを通じて当時の運営実態や制作上の慣行を参照し、同一企画に関わる複数の資料と、派生企画、周辺イベント等を区別するための手がかりを得た。これらの作業は、資料を単に配列するにとどまらず、背景情報を伴った整理単位(資料群)を設定するうえで重要である。
さらに、映像資料については、協力者の知見を踏まえつつデジタル化の優先順位を選定し、今後のデジタル化・保存作業(実作業は演劇博物館が担当)に向けた基礎設計を行った。映像は媒体や収録内容が多様で、劣化リスクや再生環境の制約も大きいことから、内容の希少性、フェスティバル史上の重要度、他資料(チラシ・写真・批評等)との照合可能性といった観点から優先順位を整理した。加えて、チラシデータの時系列的整理を進め、将来的なデータ登録に向けた準備を整えた。
以上の成果は、最終的な目録の完成や分析成果の公表には至らないものの、小劇場タイニイアリス資料の中核である「タイニイアリスフェスティバル」関連資料について、時系列軸に基づく整理枠組みを先に確立し、資料群の性格と研究上の論点を明確化した点に意義がある。本研究はJSPS科研費23K00226と連携して実施しており、国内外のアーティストを招聘したフェスティバル運営の実態や、2000 年代以降の日韓演劇交流に接続する活動の手がかりを、資料と聞き取りを突き合わせながら確認できたことは、今後の本格的な目録化・分析の前提となる。
今後は、引き続きフェスティバル関連資料の詳細目録作成とデータ登録を進めるとともに、映像資料のデジタル化の進行に合わせて、資料間の相互参照(上演記録・批評・写真等)を組織化し、研究・教育活用に耐える形での整理・公開方法を検討する。

テーマ研究課題5

前田直資料の調査研究


代表者

斎藤慶子(愛知県立大学日本文化学部歴史文化学科准教授)

研究分担者

伊藤愉(明治大学文学部准教授)
森谷理紗(京都大学人文科学研究所特定准教授)
近藤つぐみ(早稲田大学演劇博物館助手)

課題概要

本研究では、旧日本帝国海軍軍人の前田直(まえだなおき 1896~1964)が、1932年から34年にかけてソビエト連邦在勤帝国大使館附武官補佐官としてモスクワで勤務していた期間に収集した資料の調査・翻刻・考証を行う。戦前ソ連の舞台芸術を実際に目にした日本人の稀有な記録を精読することで、当時の日本人が異文化体験としてソ連芸術をいかに受容したかを詳らかにすることを第一の目的とし、第二に、戦後の日本文化に大きな影響を与えたシベリア抑留者たちが、収容所で体験していた舞台芸術の源を理解しようとするものである。

研究成果の概要

寄贈された資料のうち演劇博物館が収蔵したのは、ソ連演劇・バレエ・オペラの舞台写真やブロマイドが255葉、露語書籍36冊、モスクワ駐在期間の観劇日記1点、日本語で書かれた葉書1通、歌舞伎のプログラムの下絵7枚組1点等である。そのほか早稲田大学中央図書館に移管された70 冊の書籍から、必要な選定作業を経て40 冊が同館に収蔵されることとなった。ほかの前田直旧蔵資料の大部分は大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)、および神戸映画資料館に収蔵され、一部資料はご親族の手元に残されている。これらを総合的に検討することで、ロシア演劇史、日本海軍による情報活動、戦時プロパガンダのための芸術利用、シベリア抑留者の体験など、多方面の研究の展望が開ける可能性が出てきた。
本プロジェクトは2025年4月に始動した。初年度は、第一にご親族への聞き取り調査、第二に観劇日記の翻刻と鑑賞演目の目録作成、第三に前田直の来歴をあきらかにした論文の執筆依頼を行った。
聞き取り調査では、香取孝雄氏とご親族の加藤順子氏にご協力いただいた。観劇日記の翻刻では愛知県立大学日本文化学部の学生5名、鑑賞演目の目録作成(日露両言語)では明治大学文学研究科演劇学専攻大学院生の助力を得た。ソ連の舞台芸術を現地で観劇し感想の記録を残した者には、鳴海完造や小山内薫、園池公功といった先達が挙げられる。前田の記録の特異性は、軍人という職業の一般的イメージからすぐには想像できないような、演出に関する卓越した観察眼と、舞台装置のスケッチの几帳面さにある。その書きぶりからは、のちにみずから実践するための覚書のつもりだったのではないかということが推察される。
聞き取り調査の結果、これまでご親族の求めに応じて協力してきた研究者たちの成果を知るところとなった。公刊に至っていないものも複数存在する。その中から海軍時代の前田の活動について綿密な調査を行った、日本大学大学院文学研究科博士後期課程所属の沖田恭祐氏に演劇博物館紀要への投稿を依頼した(『演劇研究49号』に掲載予定)。同氏の論考は、前田が就いていた任務こそが広範な収集活動を可能にしたことをあきらかにした。


前田直ソヴィエト観劇日記(1932 ~ 1934年)[61262]
1933年9月4日マールイ劇場上演『火の橋』
(ボリス・ロマショフ作、レフ・プロゾロフスキー演出)メモ


公募研究課題1

岡本綺堂旧蔵資料に関する基礎的研究


代表者

横山泰子(法政大学理工学部創生科学科教授)

研究分担者

東雅夫(文芸評論家、アンソロジスト)
小松史生子(早稲田大学文学学術院教授)
鈴木優作(鹿児島大学法文学部附属「鹿児島の近現代」教育研究センター特任助教)
原辰吉(世田谷文学館学芸員)
松田祥平(大谷大学文学部任期制助教)
脇坂健介(学習院高等科)
勝倉明以(名古屋市立東丘小学校)

課題概要

2022年に生誕150年を迎え、演劇と文学という両領域において大きな足跡を残した岡本綺堂(1872年~1939年)旧蔵資料(日記・原稿・書簡65点)の基礎的調査・分析を行うのが主要目的である。特に未発表・未翻刻の日記(1931年~1938年)は作家岡本綺堂の後半生を知るうえでの一級資料と思われ、それらのデジタル化および翻刻・注釈を行うことで、綺堂の活動や創作に対する新たな視点を提示できる。さらに、学際的な視点から、綺堂の活動ならびに当時の劇界や文学界、メディアや社会背景の一端を捉え直すことを目指す。

研究成果の概要

演劇博物館には1923年7月から1938年12月までの岡本綺堂の自筆の日記が所蔵されており、そのうち1931年から1938年までの8年間の日記が未公開・未翻刻である。本チームでは昨年に引き続き日記の翻刻を行い、1931年1月~12月、1932年1月~12月を2025年7月にまとめて公開する運びとなった。
当該部分の日記において、綺堂は60歳の還暦を迎えており、旺盛な執筆活動に加え、雑誌『舞台』の編集や後進の育成に尽力する様子がうかがえる。満洲事変の勃発や東京市の編成拡大など、社会的に大きな出来事が様々起こるなか、都市生活者としての綺堂の淡々とした日常が記されており、個人の記録から歴史を照射する貴重な資料であるといえる。
日記公開を記念し、「岡本綺堂の日常生活―「岡本綺堂日記」昭和6・7年公開記念シンポジウム―」(2025年8月23日(土)、早稲田大学3号館401教室)を開催した。
原辰吉「岡本綺堂における昭和6・7年―『綺堂全集』と『独吟』―」、赤井紀美「指導者としての岡本綺堂―嫩会と雑誌『舞台』―」、松田祥平「捕物帳ジャンルの再編と岡本綺堂」、鈴木優作「歴史を相対化する民衆のまなざし―岡本綺堂「西郷星」論―」の四つの研究報告に加え、東雅夫、横山泰子、小松史生子による鼎談を行い、綺堂作品の魅力や新たな意義について検討した。
対面会場、オンライン配信併せて100名近くが参加し、質疑応答では様々な意見が交わされた。小説家の京極夏彦氏からも、岡本綺堂や探偵小説に関する興味深いコメントがあり、綺堂とその作品が幅広い興味関心を喚起し得る存在であることを、改めて確認することができた。
本年度はさらに1933年1月~12月、1934年1月~12月の翻刻の公開も行った。当時、綺堂は住み慣れた麹町区元園町から上目黒の別宅に移転したため、東京の郊外の生活の様子がよくわかる記述が多い。 翻刻した日記は、既に演劇映像学連携研究拠点 HPで公開しており、今後も更新する予定である。広く公開することで、多くの人に利活用されることが期待される。 2年間という短い活動期間に4年間分の日記の翻刻・公開を行ったことは、大きな成果を果たしたと言えるが、残り4年分の日記は未翻刻であり、綺堂の最晩年が記されたこれらの日記の翻刻も継続して行なう必要があると考える。


(左)昭和 6・7年の翻刻・公開した日記の表紙
(右)シンポジウムのチラシ


公募研究課題2

日記から考える歌舞伎役者を中心にした江戸中期の文芸圏研究


代表者

BJÖRK, Tove Johanna(埼玉大学人文社会科学研究科教授)

研究分担者

稲葉有祐(和光大学表現学部准教授)
日置貴之(明治大学情報コミュニケーション学部准教授)

課題概要

本研究では「二代目市川團十郎栢莚日記」(『栢莚日記』)をもとに、江戸中期の歌舞伎役者を中心として文芸園のあり方を明らかにする。『栢莚日記』と伊原青々園写『栢莚遺筆集』(早稲田大学演劇博物館蔵)を比較し、一次資料としての信憑性を増やす。また歌舞伎役者や文人、俳人の文化交流の形を洗い出す。初代市川團十郎の追善句集『父の恩』、さらに、天明安永期に活躍した歌舞伎の常連柳沢信鴻筆『宴遊日記』『宴遊日記別録』や初代中村仲蔵筆『月雪花寝物語』『秀鶴随筆』『所作修業旅日記』など日記類と照らし合わせ、劇場にまつわる商業圏、歌舞伎役者と観客の文化的交流について吟味する。

研究成果の概要

本年度は、第一に日記本の注釈および解説の継続、第二に二代目團十郎日記『柿表紙』および初代中村仲蔵日記『月雪花寝物語』に見られる江戸三大祭における付け祭の記録、ならびに京都・祇園祭の花街の練り物行列を描いた浮世絵シリーズをもとに、町娘による踊りや素人による歌舞伎模倣の方法を検討した。第三に、歌舞伎常連であった大和郡山藩第二代藩主・柳沢信鴻の日記『宴遊日記』を分析し、大名屋敷における歌舞伎公演の実態、お狂言師の役割、素人上演の制作過程について考察した。第四に、18世紀末以降に出版された歌舞伎劇場の案内書や歌舞伎役者の家譜を紹介する書物など42点を対象に、当時における歌舞伎の由来や伝承の語り方を分析し、幕府公認の家業であることが強調されるに至った経緯を明らかにした。 二代目市川團十郎の日記詳解は研究代表者ビュールクが継続して担当し、第10回を『埼玉大学紀要 教養学部』第61巻第1号、第11回を同第61巻第2号に発表した。
今回対象とした記載期間は享保19(1734)年6月25日から7月1日まで7日である。この間、二代目團十郎は目黒の別荘周辺の寺社に家族や俳人の友人、劇場関係者と参詣し、祐天寺の和尚・二代目祐海から、元禄期の道化役者・西国兵五郎を題材とする説法を聴いている。また同時期、森田座を取り仕切っていた二代目坂東又九郎が死去した記述から、森田座の休座や歌舞伎界が控え櫓を取得するに至る経緯という、歌舞伎史上きわめて重要な転換点の具体的状況を読み取ることができる。
第二の調査成果は、2025年6月10日にドイツ・ケルン大学で開催されたInternational Federation for Theatre Researchにおいて、「The Walk of Fame – Women of the Licensed Quarters Dressing like Kabuki Actors in Early Modern Festival Parades」と題して発表したほか、共同研究者の日置が明治大学主催パフォーミング・アーツ研究所研究発表会において「近世期における歌舞伎の再現方法」として発表した。主な成果として、祭礼で再現された歌舞伎の登場人物は複数の四つのグループに分類でき、それぞれにおいて象徴的要素が選択・強調されていたことを明らかにした。
第三の調査成果は、論文「『宴遊日記』にみる柳沢信鴻邸の歌舞伎上演とお狂言師たち」としてまとめられ、雑誌『藝能史研究』に掲載予定である。本論文では、柳沢信鴻が屋敷内で歌舞伎公演を準備する際、当時の劇場で人気を博していた踊りの場面をまず出演者に稽古させ、その後複数の浄瑠璃本を組み合わせて構成していたことを明らかにした。また、信鴻邸でお狂言師を務めた女性は、初代中村仲蔵の親族、あるいは中村座関係者であった可能性を指摘した。
第四の調査結果として、歌舞伎の由来を神楽に求める説明や、中国演劇との関連をパロディー的に紹介する記述が見られる一方、阿国など今日歌舞伎の創始者として語られる初期の歌舞伎演者の存在感は比較的弱いことが判明した。また、幕府から認可された櫓の取得や、歌舞伎役者が家業を世襲する職業であることが強調される傾向が確認され、歌舞伎界が正統性を備えたイメージを形成しようとする意図があった可能性を示す仮説を提示した。この成果はCritical Stages/Scene critiques(Dec 2025, No.32)に掲載された。
以上が、本研究の2025年度における主な成果である。今後は、二代目團十郎の日記に見られる歌舞伎関係者と江戸の文人・俳人との具体的関係をさらに分析し、文芸圏の実態を一層明らかにしていく予定である。


公募研究課題3

GHQ占領期における地域演劇の実証的研究

九州地区を中心に


代表者

小川史(横浜創英大学こども教育学部教授)

研究分担者

須川渡(立命館大学文学部准教授)
畑中小百合(大阪大学非常勤講師)

課題概要

本研究は、九州地区劇団占領期GHQ検閲台本の分析を通して、敗戦直後に九州地区で行われた地域演劇の実態を検討するものである。2025年度の課題は以下の通りである。
・「素人演劇」「職場演劇」「組合演劇」ジャンルに含まれる台本の内容を分析するとともに、それぞれの劇団の実態調査を進める。
・オリオン座や文芸座など熊本の地方劇団について資料調査を進め、その活動の実態を解明する。
・「大衆演劇」について、「侠客伝」や「股旅物」ジャンルの台本の検討を進めるとともに、専門家との連携を視野に入れつつ、劇団の実態を明らかにする。


研究成果の概要

本年度はダイザー・コレクションのなかから、台本13点のデジタル化を行なった。これらの成果は、2025年5月開催の20世紀メディア研究所第186回研究会において発表した。あわせて、同研究所紀要『Intelligence』への論文の掲載を予定している。 各研究分担者それぞれの調査は以下の通りである。
素人演劇については、広島県の黎明座による申請台本の調査を行った。疎開演劇人の竹中荘吉が率いる黎明座が申請した台本はコレクションに多く残されているが、それら台本の検討により、戦前から活動していた演劇人が地域にもたらした演劇文化の一端を明らかにすることができた。また、地域の演劇活動に関わる検閲申請の実態を明らかにした。
熊本の劇団では、一昨年度に実施した劇団オリオン座の調査および、昨年度に進めた劇団文藝座と霜川遠志の作品研究を踏まえ、戦後熊本における少女歌劇と新劇の表現的差異について検討を行った。具体的には、上演不許可となった作品の経緯を手がかりに、文藝座および霜川の戯曲が、復員兵や農地改革、価値観の断絶といった戦後社会の矛盾や葛藤を主題化し、批評的視座から戦後改革を捉えていた点を明らかにした。一方で、オリオン座は、新憲法や配給制度、戦後民主主義といった同時代的な諸要素を積極的に取り込み、娯楽性と時事性を前面に押し出した作品を上演していたことが確認された。この比較を通じて、同時代・同地域においても、ジャンルの差異が戦後社会の受容や表象のあり方に大きな影響を及ぼしていたことを示した。また、文藝座のレパートリーには、徳富蘆花『灰燼』や宮沢賢治作品など既成文学作品を原作とするものも含まれており、今後はそれらが霜川によっていかに翻案・再構成され、独自の戯曲へと転化していったのかを検討課題としていきたい。
大衆演劇ジャンルについては、九州を本拠地とし戦前から占領期にかけて人気を博していた樋口次郎劇団、南條隆劇団、三河家桃太郎劇団、江味三郎劇団、大川竜之助劇団などを中心にその内容の検討を行った。現時点までの調査でわかっていることは、当時の大衆演劇がバラエティに富んでいたという事実である。股旅ものや仇討といった定型を含む作品は多いが、それを当時の世相に置き換えた「復員兵もの」、船乗りのロマンを描いた「マドロスもの」、なかには進駐軍が登場する作品もあり(ただしその多くは検閲で「不許可」となっている)、当時の大衆演劇が旧時代の演目にこだわることなく観客の喜ぶものを模索し続けていたことがうかがえる。今はほとんど上演されることのない節劇(浪曲の節にのせて行われる演劇)や、数は少ないがながら連鎖劇(活動写真の上映と演劇を交互に行うもの)の台本も実物を確認した。こうした台本はかつての上演形態を研究する上でも貴重な資料になると思われる。大衆演劇ジャンルの台本は膨大で、今年度までにようやくその五分の一程度を検討することができた。今後も地道な資料調査を継続する予定である。


『宇龍港』[GHQ06738]霜川遠志作。1947年4月製作副題に「戦争放棄を主題とせる」を掲げる。
本作はのちに、日本演劇協会編『高校演劇脚本集 第3集』(宝文館、1956年)に「ある敗北」と改題して収録された。


公募研究課題4

田邊孝治氏旧蔵講談資料の研究


代表者

今岡謙太郎(武蔵野美術大学造形学部教授)

研究分担者

佐藤かつら(青山学院大学文学部教授)
佐藤至子(東京大学文学部教授)
高松寿夫(早稲田大学文学学術院教授)
瀧口雅仁(恵泉女学園大学講師)

課題概要

講釈師十二代田辺南鶴が行っていた『講談研究』の編集・発行を受け継ぎ、講談に関する貴重な資料を紹介し続けてきた故田邊孝治氏が残した講談関係資料の内、音声資料の多くが早稲田大学演劇博物館に寄贈された。前年度に引き続き、本研究ではその全貌を明らかにすると同時にデジタル化等を通して研究資料として活用されるような手段を講じていく。

研究成果の概要

2025年度の研究は、昨年に引き続き田邊氏旧蔵資料のうち音声資料のデジタル化及び演目の目録化を中心に進めた。研究協力者の協力を得ながらデジタル化作業を行い、演目の同定と演者別の目録を作成し、その作業を通して昭和~平成期の講談の口演傾向の分析をおこなった。現段階では仮目録に搭載のある887点のうち、およそ4分の3程度の点数を確認・デジタル化が完了している。これにより、これらの音源に関しては音質の劣化を心配せずに今後の調査・研究を進めることが可能になった。一方で残る約4分の1の音源に関しては確認・デジタル化が行われておらず、次年度以降の課題となる。また一方でデジタル化された資料の公開方法については著作権等との関連もあり、全面的な公開の目途はたっていないものの、研究目的での限定的な公開などの方法を模索しており。これも次年度以降の課題となる。
また、この作業を通して瀬戸内寂聴(晴美)が二代目神田松鯉を題材とした小説「花野」の取材音源が発見されており、演目以外の面においても文学研究における講談の重要性を再認識することとなった。
一方、これと並行して行っている演目自体の確認・同定は、長編演目の一部が多く含まれているためもあり、副題等の設定またどの長編演目のどの部分であるかを同定することが困難な部分もある。この作業の進展に伴い、吉沢英明氏旧属の講談速記本を所蔵し、整理公開の準備を進めている大阪公立大学所蔵資料との比較検討の必要が必要になったため、2025年3月に代表者の今岡と協力者の菅野の二名が大阪公立大学を訪れ、田邊資料に含まれる音声資料と講談速記本との照合を行った。
実際の口演をもとにした本研究の調査結果は、近世文学、近代文学研究にも新たな視点を提示することになると考える。
また、これらの研究成果の一端を公開する場として、2026年1月27日に「文学研究と講談」と題した公開研究会を、また2026年2月7日に「田邊孝治氏旧蔵講談資料からみる講談の広がり」と題して、講談の実演を交えたシンポジウムを開催した。


公開研究会・シンポジウムのイベントチラシ


公募研究課題5

常磐津節正本板元坂川屋が遺した印刷在庫の概要調査


代表者

竹内有一(京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター教授)

研究分担者

鈴木英一(早稲田大学演劇博物館招聘研究員)
常岡亮(常磐津協会理事、常磐津家元後嗣)
阿部さとみ(武蔵野音楽大学非常勤講師)
前島美保(国立音楽大学准教授)
重藤暁(早稲田大学エクステンションセンター講師)
小西志保(京都市立芸術大学共同研究員)

課題概要

坂川屋は、1860年に常磐津正本(稽古本)の板株を伊賀屋から受け継ぎ、新たな板木と新たな印刷技術を導入しながら、1987年頃まで古態の正本を印刷し続けた板元である。この板元が旧蔵し演劇博物館に寄贈されて現存する「印刷在庫」群(刷り立てた正本の在庫および未成品、全47箱、点数は数万点か)が研究対象資料「坂川屋旧蔵常磐津節正本関連資料」である。これらの悉皆調査によって、印刷の方法と手順を解明するとともに、常磐津節正本が演奏伝承に貢献した役割と意義について、演劇映像学的観点から考察することを目的とする。

研究成果の概要

坂川屋は、幕末の1860年に板株を常磐津正本板元の伊賀屋から受け継いで再刊を続け、以後昭和期まで新刊も行い、1987年頃まで板木で正本(稽古本)を刷り立てた板元である。この板元が旧蔵し演劇博物館に寄贈されて現存する「印刷在庫」群(刷り立てた正本の在庫および未成品、全47箱、点数は数万点か)が研究対象資料「坂川屋旧蔵常磐津節正本関連資料」である。この唯一無二の資料群の整理、保存、デジタル化、公開を着実に進めるため、当該年度は、資料群全体の書誌的調査を行い、資料群全体を俯瞰する概要目録の作成を主要な目的とした。今後の精査によって、日本最後の板元ともいえる坂川屋の営為の実態に迫ることができるだろう。
研究成果の概要 (1)資料収納箱の現況調査演劇博物館へ収蔵後に付与された箱番号(大番号)が、1番から35番まで存在することを確認した。ただし、欠番が2つある。また、14個の箱に副番号が付与されている。副番号は、汚損した古い箱を更新する際、複数の小箱に分割した場合に付与されたらしい。箱の総数は47箱である。
(2)箱内の梱包体ごとの書誌的調査、梱包番号(中番号)の付与、および目録作成次に、すべての箱内の資料収納状況を調査した。1995年の事前調査時に、破損していた紐を交換したり、一部の資料の仕分けを変更した痕跡が残るが、おおむね、坂川屋閉業当時の梱包体がそのまま保存されている。資料の大半は、常磐津稽古本の印刷在庫である。その調査概要と一部の写真は、昨年度のニューズレターに掲載した。そのほかに、袖珍稽古本の印刷在庫、題簽の印刷在庫、番組刷物の収集体、編集・印刷・販売等に関わる資料断片やメモ類が存在することを確認した。なお、1995年の事前調査で確認していた、幕末期の薄物正本と明治期の歌舞伎番付は、研究対象資料に含まれていないことを確認した。資料の保存性を高め、目録作成と今後のデジタル化が円滑に進むよう、すべての資料について、元来の梱包体、または任意のまとまりごとに、中番号を付与し、目録を作成した。中番号の総数は約120件である。
(3)番組刷物等の撮影、デジタル化常磐津関係の番組等の刷物は、約150種あり、ほとんどが一枚刷である。未成品やメモ類も含まれる。坂川屋が受託印刷した刷物の在庫、関係者が坂川屋に付け届けた刷物が混在しているとみられる。研究代表者がかつて実施した実演家の経歴調査(『常磐津節演奏者名鑑』全8巻、常磐津節保存会発行、文化庁補助事業)において閲覧できなかった希少資料も少なくない。番組類の概要調査と目録作成は、来年度以降に行いたい。


1923年5月12日の番組刷物。会主は常磐津兼静。
竹内有一編『常磐津節演奏者名鑑』第4巻によれば、兼静は女流中堅の浄瑠璃方で、1919年から1940年までの資料にみえる。
この刷物は未調査の新出資料。資料番号[50393(27-01-09)]。


公募研究課題6

小沢昭一旧蔵資料にみる「日本芸能史」構想についての調査研究

芸能史叙述と「芸」「性」「差別」


代表者

鈴木聖子(大阪大学大学院人文学研究科准教授)

研究分担者

武藤大祐(群馬県立女子大学文学部教授)
垣沼絢子(立命館大学衣笠総合研究機構専門研究員)
鵜飼正樹(京都文教大学総合社会学部教授)
京谷啓徳(学習院大学文学部教授)
瀬戸智子(神戸女学院大学国際学部准教授)

課題概要

小沢昭一旧蔵資料には、新劇俳優の小沢昭一(1929~2012)が出演したラジオ・テレビ・映画・演劇の台本約2500点のほか、スクラップブック、公演パンフレット、写真、音響・映像メディア等の資料が収蔵されている。本研究は、1960~70年代のスクラップブックの詳細な内容一覧をデータベースとして作成しつつ、オープンリールテープ約100点に残された1960年代後半の小沢によるインタビューの音声資料を分析し、当時の小沢が「芸」「性」「差別」と真摯に向き合い描こうとした「日本芸能史」を明らかにするものである。

研究成果の概要

本研究チームは、昨年度より、小沢昭一旧蔵資料所蔵の録音資料に残された、1960 年代後半に小沢が芸能史の源泉を求めて「世の中からは蔑視、白眼視」されていた人々と語り合ったインタビュー録音のオープンリールテープのデジタル化(演劇博物館による)に関する検討と調査分析を進めてきた。
今年度は、主にカセットテープのデジタル化(演劇博物館と本チームによる)を進めた。新たにチームに加わった3名の研究分担者(鵜飼・京谷・瀬戸)と共に問題を深化させ、小沢のインタビューを各自の関心領域へ広げて分析した。8月にZoomで一堂に会して議論し、かつてのストリップ劇場や大衆演劇の劇場が、「さまざまな人が引き寄せられるように集う「場」であった」様子が徐々に明らかになってきた(鵜飼)。
担当の音源について、学術的な見地から内容を検討した報告書を演劇博物館へ提出し、今後の演劇博物館が音声資料の公開/非公開を検討する際に参考とできるよう努めた。また、当初より本チームでは、博物館やアーカイブが、現在においても「反社会的」「公序良俗を乱すおそれのある」と判断されかねない内容や人権に配慮する必要のある内容を含む、「芸」「性」「差別」に関わるインタビューの音声資料を、どのように扱っていくことができるのか、という新しい問題を考察してきた。今年度の事例では、あるひとつのインタビューにおいて、小沢のインタビュー対象者が、とある著名な同業者のことを少し悪く言っているくだりがあり(小沢の著作ではこの部分はカットされている)、大変興味深いが、プライバシーを侵害する可能性もあるため、公開には検討を要するであろうという結論に至った(武藤)。
昨年度と同様、音声資料についてはそのインタビュー対象者の職業が多岐に渡ることから、専門家に音声を聞いて頂き、議論をする連携調査を試みた(瀬戸・鈴木・研究協力者の櫛谷夏帆)。事例として、小沢が女子プロレスラーの小畑千代に行なったインタビュー音源を、小畑と近い関係にあった日本初の女子プロレスラーの猪狩定子氏に聞いて頂いた。その結果、猪狩氏には助言を頂けただけではなく、こちらから伺わずとも自然とご自身のことを話される方向へと進むなど、音声資料のもつ魅力が十分に発揮できた(瀬戸)。
昨年度に引き続き、音声資料の歴史的文脈を理解してアーカイブ化するため、小沢が業者に発注して制作されたスクラップブック資料(本ページ右下の写真)の詳細な目録の作成を進めた(研究協力者の下野歩による)。本チームでは研究会や会議やメールのほか、LINEグループを利用して意見交換していたが、その際、このスクラップブック資料がデータベースとして有機的に機能することが実証できた。
以上の成果を公開するため、各々が担当する録音資料について、解題と共に音声の一部を検討する研究会を調査地の道後温泉(愛媛)において2026年2月に開催。また、文化資源学会(事務局・東京大学)から要望があり、2026年10月の研究会において複数メンバーによる成果発表をする予定である(京谷)


スクラップブック の一部[51717]。
この見開きのページには『産経新聞』『大阪新聞』『新九州新聞』『山梨日日新聞』に掲載された小沢自身に関する記事の切抜きが時系列に貼られている。