2021(令和3)年度

共同研究課題

2021(令和3)年度共同研究課題一覧

※( )内は研究代表者
テーマ研究
  1. 別役実草稿研究(梅山いつき)
公募研究
  1. 栗原重一旧蔵楽譜を中心とした楽士・楽団研究――昭和初期の演劇・映画と音楽(中野正昭)
  2. 映画宣伝資料を活用した無声映画興行に関する基礎研究(岡田秀則)
  3. 役者絵本の研究(桑原博行)
  4. 坂川屋旧蔵常磐津節正本板⽊の基礎的研究(竹内有一)
特別テーマ研究
  1. 新型コロナウイルス感染症の影響下における日本演劇界の調査研究(後藤隆基)
  2. COVID-19影響下の舞台芸術と文化政策――欧米圏の場合(伊藤愉)
奨励研究
  1. 新出浄瑠璃本群の調査研究(原田真澄)
  2. 演劇博物館蔵資料調査による新派の基礎的研究(後藤隆基)
  3. 日英の女性劇作家たち――16世紀から20世紀中頃まで(石渕理恵子)
  4. 太田省吾関連資料の所蔵現状調査及びその活用方法研究――早稲田大学演劇博物館の所蔵資料を中心に(金潤貞)
  5. 演劇博物館所蔵の外国映画関連資料の調査と研究(川﨑佳哉)
  6. 大正期東京における映画配給網の基礎的研究(柴田康太郎)

テーマ研究課題1

別役実草稿研究


代表者

梅山いつき(近畿大学文芸学部准教授)

研究分担者

岡室美奈子(早稲田大学文学学術院教授、演劇博物館館長)
後藤隆基(早稲田大学演劇博物館助教)

課題概要

本研究は、2019 年に寄贈された「別役実自筆原稿」および、別役作品に関連する資料の調査を通して、別役の劇文体について検証するものである。演劇映像学連携研究拠点におけるこれまでの研究では、まず未整理資料を中心に、膨大な寄贈資料の全容を把握することに努めた。その結果、未整理資料の中には、20 代の頃のものと思われる創作ノートや1960 年代の初期作品に関係する重要な資料が含まれていることが明らかとなった。本年はこうした初期の創作活動を紐解く上で重要と思われる資料の考証を中心に行った。

研究成果の概要

調査結果を踏まえ、本年は6月3日から8月6日にかけて演劇博物館で特別展示「別役実のつくりかた――幻の処女戯曲からそよそよ族へ」を開催し、研究成果の一部を公開すると共に、表象文化論学会第15回大会でパネル発表「新出資料から見る別役実の世界」を行った(7月4日、オンライン開催)。

展示では、向井優子学芸員(研究協力者)が展示構成を担当し、本研究の調査によって発見された幻の処女戯曲『ホクロ・ソーセージ』[64256]や初期を代表する作品『象』の草稿[64257]、さらに『象』の原作とされている「アカイツキ」の草稿を紹介した。他にも『そよそよ族』シリーズを手がけるにあたって、別役自身が手がけた地図等、作品完成までのプロセスを辿れる重要な資料も展示した。

学会発表では、梅山いつきは少年期の作文や若き日の創作ノートと『ホクロ・ソーセージ』に光を当て、別役作品における「沈黙」のルーツを探った。後藤隆基は、別役が多大な影響を受けたと思われる宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を題材としたアニメーション映画やラジオドラマの脚本を公刊されている台本・戯曲と比較し、別役の宮沢賢治受容を考究した。岡室美奈子は、日記や創作ノートに垣間見える「貧困」や「飢餓」に対する意識を手がかりに「そよそよ族」という概念が成立した背景を探り、『あーぶくたった、にいたった』など「小市民もの」と称される戯曲へと至った道筋を考察した。

以上の調査から、沈黙、貧困、憎悪、自己犠牲といった別役作品の根幹を読み解く上で重要なキーワードが浮上し、初期創作にその片鱗が現れていることが明らかになった。また、宮沢賢治や深沢七郎等の演劇以外の文学への関心が劇文体の形成に少なからぬ影響を及ぼしていることもわかった。

今後の研究では1970 年代以降の作品について沈黙、貧困、憎悪、自己犠牲といったキーワードを手がかりにして分析し、作風の変遷を整理したい。また、宮沢や深沢などの文芸作品や童謡、古歌への関心がどのように創作に反映されていったのかも明らかにしたい。

 
(左)『ホクロ・ソーセーヂ』草稿[64256]、 (右)『象』の草稿と思われる自筆原稿[64257]


公募研究課題2

栗原重一旧蔵楽譜を中心とした楽士・楽団研究

昭和初期の演劇・映画と音楽


代表者

中野正昭(明治大学文学部兼任講師)

研究分担者

白井史人(名古屋外国語大学世界教養学部准教授)
毛利眞人(音楽評論家)
山上揚平(東京大学大学院教養学部特任講師)
小島広之(東京大学大学院総合文化研究科博士課程)

課題概要

栗原重一(1897-1983)は昭和初期にエノケン楽団、松竹キネマ演芸部、さらにトーキー初期のPCL 映画製作所などで活躍した音楽家である。本研究はその旧蔵楽譜の一部である「エノケン楽団・栗原重一旧蔵楽譜(約1000点)」の調査・分析を行う。2020 年度までに実施した楽譜資料(約900点)の基礎調査の成果を踏まえ、同時代の文献資料や、関連する楽譜コレクションの調査を組み合わせて研究を進める。栗原がともに活動した榎本健一(1904-1970)およびその周辺の楽士・楽団の活動実態の実証的研究を通して、広く同時代の演劇、音楽、映画を横断する興行や作品生成の過程を解明することを目指した。

研究成果の概要

〇楽譜資料の調査・分析

前年度に続いて、デジタル化された楽譜資料のデータを活用して分担者・小島を中心に目録作成を進め、約1100点の資料目録を完成させた。輸入譜や作品別の手稿譜などが混在する栗原旧蔵資料に関して、楽曲名、作曲者・編曲者および出版年等の基本情報にくわえ、所蔵印や書き込みの有無などの資料状態を含めた全体像を把握することができた。書き込み内容の分析や出典調査など、本資料群のより詳細な分析・考証のための基盤を築くことができた。

〇同時代の関連楽譜資料との比較考証

栗原重一とも接点があった篠原正雄(1894 ~ 1981)の旧蔵資料の基礎調査を実施した(下町風俗資料館所蔵)。篠原は浅草オペラなどの日本オペラの黎明期に活躍した音楽家である。栗原旧蔵資料にも篠原が所蔵していたとみられる楽譜が数点含まれており、篠原資料との比較考証は、栗原旧蔵資料の来歴を明らかにするための重要な意義を持つ。演劇博物館が所蔵する無声映画伴奏譜ヒラノ・コレクションや、アメリカやヨーロッパに点在する同時代の楽譜コレクションとの比較考証を進めることで、栗原の活動をより広い文脈のなかで位置づけるための足掛かりとなることが期待される。

〇成果報告冊子の作成

2020 年度末に実施した公開研究会「栗原重一と同時代の楽士たち」の成果を中心に、2018 年度以来の共同研究開の中間的な成果をまとめた成果報告冊子を作成した。所蔵印の分析(山上)、無声映画伴奏との関係(研究協力者:柴田康太郎)、映画『大陸突進』の音楽の創作プロセス(小島)、舞台作品の再構成の可能性(白井)など、栗原旧蔵資料を活用した研究成果をまとめた。さらに、レコードや映画音楽に関する栗原の活動の概観(毛利)、チームとして購入した榎本の関連舞台写真の考証(中野)、映画『孫悟空』の分析(研究協力者:紙屋牧子)など、栗原および榎本の多岐にわたる活動を分析する論考を収めた。また栗原旧蔵資料を一時期所有していた音楽評論家・瀬川昌久氏へのインタビューを活字化し、栗原とその周辺の音楽家に関する貴重な証言を記録に残すことができた。2021年末に逝去した瀬川氏のご功績と、本研究へのご協力にあらためて心からの謝意を記す。今後の展望として、榎本の日本語訳詞歌唱などへ焦点を絞ったアプローチや、栗原の初期および晩年の活動の分析、さらに体系的な復元演奏・上演の試みなど、本年度の成果を踏まえたいくつかの方向性が浮かび上がってきた。

 
(左)手稿譜 《You’ve Gotta Eat Your Spinach, Baby》[47624]、
(右)ヴォーカル・スコア《KATINKA》(音楽:Rudolf Friml)[47368]


公募研究課題3

映画宣伝資料を活用した無声映画興行に関する基礎研究

 

代表者

岡田秀則(国立映画アーカイブ展示・資料室主任研究員)

研究分担者

紙屋牧子(武蔵野美術大学造形学部非常勤講師)
柴田康太郎(早稲田大学演劇博物館次席研究員)

課題概要

本研究は、演劇博物館が所蔵している「大正・昭和初期映画館チラシ」および関連資料の調査を通じて、日本の無声期映画興行に関する基礎研究をおこなうことを目的とし、同資料に記載された番組編成や上映および実演の形態、映画説明や音楽(伴奏・奏楽)の情報を具体的に把握することによって、いまだその詳細が歴史化されているとは言い難い、同時代の映画興行の様相の一端を明らかにすることを目指す。

研究成果の概要

本年度は「大正・昭和初期映画館チラシ」約900点のうち、プログラムが映画分野に属する600点のチラシを中心に、前年度より作業を進めている目録の更新作業をおこなった。本年度は前年度からの目録完成版の作成を進めつつ、特に、都市部の「封切館」が発行したチラシを中心に、興行年月日の記載がない(場合によって「日」のみ記載されている)チラシについて、紙面の上映作品の情報を元に、映画館プログラム・新聞広告・データベース(日本映画データベース、日本映画情報システム、IMDb)・その他映画文献の封切情報を調査することによって、チラシの発行時期を同定する作業をおこなった。

無声期映画興行の実態を調査するうえで同時代の映画資料へのアクセスが不可欠となるが、その多くは散逸しており、所蔵している公共施設も限られる。そこで、自らの映画史料コレクションを活かして『活動写真弁史映画に魂を吹き込む人々』(共和国、2020 年)を刊行したばかりの片岡一郎氏(活動写真弁士)を招き、研究会を開催した(10月28日、於:早稲田大学演劇博物館)。研究会には、研究代表者の岡田秀則、研究分担者の柴田康太郎、紙屋牧子、研究協力者の白井史人(オンライン参加/名古屋外国語大学)、佐崎順昭(国立映画アーカイブ)の参加に加えて、日本映画史研究家で収集家としても著名な本地陽彦氏(国立映画アーカイブ)も迎え、片岡氏のコレクションの実見を交えながら、無声期の映画資料の収集と活用に関して活発な意見交換をおこなった。

最終年度となる本年度は、資料に基づいた無声映画の「復元」上映にも取り組んだ。これは、「大正・昭和初期映画館チラシ」に含まれる池袋平和館のチラシ(1923 年頃と推定)より浮かび上がった、同時代の興行形態の一例を再現するという試みであり、また、その上映作品である『五郎正宗孝子伝』(天活、1915 年)が、国立映画アーカイブに所蔵されているという巡り合わせによって実現にこぎつけたものである。『五郎正宗孝子伝』に関しては、説明台本も国立映画アーカイブに所蔵されていたことから、その内容に基づき、1920 年代の映画興行における主流のスタイルと考えられる映画説明(片岡氏)を軸に、浪花節(東家一太郎氏)を挿入(説明台本には義太夫の記載もあったが今回は浪花節に置き換えた)、さらに、演劇博物館所蔵のヒラノコレクション(無声期映画館の専属の楽士の旧蔵資料)より選定した楽譜による和洋合奏(指揮・三味線:湯浅ジョウイチ氏、鳴物:堅田喜三代氏、他)を付した上映形態の「復元」を目指した。本年度は新型コロナウィルス感染拡大状況に鑑み、上映を収録したうえで、3月7日開催予定の公開研究会「映画宣伝資料にみる無声期映画興行の諸相」(オンライン開催)にて配信することとした。公開研究会では、岡田、柴田、白井、紙屋による当プロジェクト(2020-2021年度)の研究成果等に関する発表の他、『五郎正宗孝子伝』の映画説明を担当した片岡氏のトーク、児玉竜一氏(早稲田大学)による講評を予定している。


池袋平和館のチラシ(1923年頃)[012-003]


公募研究課題4

役者絵本の研究


代表者

桑原博行(早稲田大学演劇博物館招聘研究員)

研究分担者

岩田秀行(跡見学園女子大学文学部名誉教授)
埋忠美沙(お茶の水女子大学機関研究院人文科学系准教授)
倉橋正恵(立命館大学衣笠総合研究機構客員協力研究員)
加藤次直(東海大学現代教養センター准教授)
齊藤千恵(早稲田大学演劇博物館招聘研究員)
中村惠美(立命館大学衣笠総合研究機構客員協力研究員)
桑野あさひ(早稲田大学演劇博物館招聘研究員)

課題概要

役者絵本は、歌舞伎役者の肖像を主材とした絵本であり、ある種の役者名鑑的な要素も持ち合わせている。元禄期から近代まで長期にわたってその出版が見られ、各時代に活躍した役者の絵姿が確認できる。各時代の役者絵本を調査集成し、その画像データによって、各時代時代の役者とその似顔が判別可能となるような基礎資料を供することが本研究の目的である。特に、演劇博物館では、著名な役者絵本のほとんどを所蔵しており、研究進行に伴い蓄積される演劇博物館の資料群をデータ化し、資料目録を併せて公開する等の成果発信をおこなう。

研究成果の概要

役者の絵姿が名鑑的に拾える資料は正統的な「役者絵本」以外にも存在しているため、昨年度完成させた役者絵本基本目録をさらに充実させ、全体で104件の資料をリストアップすることができた。そのうち、演劇博物館に所蔵されている資料について、75点の撮影を行った。これらは画像データベースとして研究成果の情報発信を予定している。従来の「役者絵本」にも、せりふ本、役者細見、年代記、評判記等、別の区分に分類すべきものが存在する。しかしこれらは、役者絵姿を配して役者名鑑的な要素を持つために役者絵本とされているもので、今回はそうした種類のものを意識的にリストアップした。これらの役者絵本には下級役者や子役の絵姿も見られ、また役者の発句付き形式のものもあるため、通常確認がむつかしい役者の絵姿や、俳名が拾え、番付や評判記を補完するものとして貴重な資料となっている。近代の役者絵本については、守川周重画『当世俳優三十六句撰』(明治14 年[1881])を始めとして、石版印刷の『萬歳富久 市ちまた中の賑にぎわいひ』(明治20 年[1887])、雑誌『歌舞伎』連載の西田菫坡「俳優百面相」の挿絵となった[芳幾肉筆役者絵](明治34 年[1901])、『新似顔』初編~四編(大正4 年[1915])、松田青風画『歌舞伎俤草』(昭和4 年[1929])、岡本一平画『新水や空』(昭和5 年[1930])等を収めた。この画像データベースによって、江戸中期の『絵本舞台扇』以降、160 年間の約2700 件を超える役者の絵姿が拾えることになる。今回の調査で、書誌的に注意を要する発見があった。『役者声色図画』(嘉永元年[1848])は『弘化未評 判 戯場年中鏡』(弘化5 年[1848])を再利用したもの、『声色楽屋鏡』(安政5年[1858]頃)は『声色早合点』(早稲田大学図書館蔵、嘉永6 年[1853])の改刻流用本であった。『声色早合点』は、天保2 ~ 4 年[1831 ~ 3]に刊行された同名異種の別本が存在する。なお、前号で石橋幹一郎旧蔵本とした『絵本舞台扇』は、前進座の河原崎長十郎旧蔵本が石橋氏に贈られ、それが石橋氏から演劇博物館に寄贈されたものである。


石版印刷『萬歳富久 市中の賑ひ(ちまたのにぎわい)』[ro03-00125_028]

 
(左)『声色楽屋図会』冒頭[ro06-00017_002]、
(右)『弘化未評判 戯場年中鏡』市村座、冒頭[ro11-00051_003]


公募研究課題5

坂川屋旧蔵常磐津節正本板⽊の基礎的研究


代表者

竹内有一(京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター教授)

研究分担者

鈴木英一(早稲田大学演劇博物館招聘研究員)
常岡亮(常磐津協会理事)
阿部さとみ(武蔵野音楽大学非常勤講師)
前島美保(東京藝術大学非常勤講師)
重藤暁(早稲田大学エクステンションセンター講師)
小西志保(京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター共同研究員)

課題概要

坂川屋は、幕末の1860 年に板株を常磐津正本板元の伊賀屋から受け継いで再刊を続け、以後昭和期まで新刊も行い、1987年頃まで板木で稽古本を刷り立てた板元である。江戸期創業の木板印刷業として最後まで板木を刷り続けた板元の一つとみられ、坂川屋に赴いて稽古本を仕立ててもらった経験を有する常磐津節伝承者も、今なお少なくない。本研究は、この板元が所蔵し現存する板木、約800点の資料群を研究対象とし、その目録を作成、公開することによって板木群の全貌を明らかにすることを目的とする。当公募研究により、2020 年度は名題単位の簡易目録を作成し、2021年度は、板木一枚ごとの詳細目録を作成する。

研究成果の概要

2020 年度に引き続き、2021年度には板木現物の書誌的調査、板木と既存撮影画像と過去の調査データの照合を進めた。それらをもとに、詳細目録(本文板木の板面単位ごと)を作成し、裏面・側面など未撮影の板面を中心に追加撮影を実施した。また今後、常磐津稽古本の出版システムを板木の側面からより深く考察していくため、外部研究者2 名から板木研究に関する専門的知識の供与を受けながら研究ミーティングを開催した。このミーティングでは、板木の追加撮影で留意すべき点、板木の保全についても意見交換を行った。

2020 年度からの一連の調査研究によって考察した当該板木群の主な特色および今後の課題は、以下の通りである。

(1)本文の板木は、板木1 枚の表裏に2 丁分を彫った「二丁掛け」を基本とし、書籍出版において最も一般的とされる「四丁掛け」の板木は存在しない。

(2)奥付・題簽の板木は、本文の板木とは大きさ・体裁が異なり、本文の板木と一続きにまとめられずに、題簽板木を集めた箱および奥付板木を集めた箱に収納されている。(営業時の保管状態を概ね継承するものと推察される)。これは、本文の摺刷と、題簽・奥付の摺刷が、必ずしも同時に行われなかったことを示していると考えられる。

(3)(2)は、複数の名題を顧客の求めに応じカスタマイズして合綴、納品製本する習慣があったことにも関係しているだろう。現存する合綴本(複数の名題を集めた本)には、名題ごとの表紙(題簽)・奥付が無いものが少なくない。題簽・奥付を添付する手間を省き、より廉価な合綴本を顧客に提供するといった需要が、ある時期に高まっていたのかもしれない。

(4)題簽・奥付の板木の側面・小口に表記された名題略称は、(2)の考察を裏付けるもので、別置された本文板木との組み合わせを明示する目的で書かれたと考えられる。なお、題簽・奥付の板木については、2022 年度以降に目録作成を行う予定である。

(5)いくつかの板木に虫害の痕跡が認められる。演劇博物館への寄贈前(1995 年頃)から認められていたものだが、再発防止のため保全対策が急務である。(6)研究対象とした板木以外に、製本前の摺刷物等も板木と同時に収蔵されており、その保管状況を確認した。希有な資料のため、今後の整理分類に鋭意したい。


1994 年10月5日、坂川氏知人の印刷会社倉庫(岩槻市)にて。約40 個のダンボール箱に板木・摺刷物等が収納されていた。当時、鈴木・ 竹内が研究員として勤務した国立音楽大学音楽研究所が板木の予備 調査を行った。多くの板木は埃にまみれて白っぽくなり、埃と汚れの 除去に難渋した。手にしている板木は[29888-794](32-38)