平成30年度
共同研究活動の報告
坪内逍遙・坪内士行資料の基礎的調査研究 / 濱口久仁子(立教大学異文化コ ミュニケーション学部/兼任講師)
- 栗原重一旧蔵楽譜を中心とした楽士・楽団研究:昭和初期の演劇・映画と音楽 / 中野正昭(明治大学 文学部 兼任講師)
- 戦後日本映画における撮影所システムの変遷とその実態:日活ロマンポルノを中心とした実証的研究 / 碓井みちこ(関東学院大学 国際文化学部比較文化学科 准教授)
- マルチマテリアルを基礎とした立正活映作品の復元 / 上田学(神戸学院大学 人文学部 准教授)
- 描かれた中国演劇と大正期日本:福地信世『支那の芝居スケッチ帖』を中心に / 平林宣和(早稲田大学・政治経済学術院・教授)
テーマ研究課題1
坪内逍遙・坪内士行資料の基礎的調査研究
11月12日、本研究チームによる坪内逍遙・坪内士行関係の未整理資料の調査・研究の成果報告会が開催された。発表は研究分担者5 名により行われた。水田佳穂は、大正末年の士行旧蔵の講演腹案を報告するとともに、戯曲研究会の舞台写真を提示しつつ、士行が主張した新しい日本の演劇のあり方について考察した。松山薫は、逍遙宛池田大伍書簡7通の内容を読み解き、「逍遙日記」と対応させつつ、大伍の無名会時代の活動、劇談会、「名月八幡祭」創作過程と逍遙との関係などの具体的な考察を試みた。柳澤和子は、車人形東京公演を契機に生まれた逍遙と説経節の太夫である若松若太夫の関係を書簡によって辿るとともに、両者の日記等によりその背景を考察した。濱口久仁子は、逍遙の遠縁にあたる名古屋の西川流舞踊家西川嘉義(織田嘉義)について、逍遙との関係、最期のいきさつ、追善舞踊会を取り上げ、また士行の妹織田志づの逍遙宛書簡を紹介した。最後に小島智章は、書簡や逍遙日記、回想録等から、石割松太郎と逍遙及び早大関係者との交流の様相を詳らかにするとともに、石割が人形浄瑠璃研究を始めた時期や動機について検討した。本研究チームでは、坪内逍遙・坪内士行資料を整理・撮影し、それを基に研究を進めている。今回は様々な角度から研究の一端を公開することができ、有意義な成果発表会となった。
公募研究課題1
栗原重一旧蔵楽譜を中心とした楽士・楽団研究:昭和初期の演劇・映画と音楽
本研究チームは2019 年1月30日に、榎本健一の楽団で活動していた栗原重一の旧蔵資料の調査に基づく公開研究会「エノケンの楽団と舞台・映画・レコード」を開催した。前半では、白井史人と山上揚平が楽譜資料の調査成果を報告し、さらに中野正昭によるエノケン喜劇のアダプテーションに関する研究発表、当拠点研究助手の柴田康太郎による浅草松竹座等での映画館の楽団とレビューに関する発表、さらに紙屋牧子による日本映画史におけるエノケン映画の意義を考察する研究発表が行われた。さらに武石みどりのコメントと登壇者のディスカッションを経て、音楽演奏や選曲の実態、および演劇・レビュー・映画などの多角的な榎本の活動との関わりが具体的に浮かび上がってきた。後半では、同時代のSPレコードに造詣の深い毛利眞人によるSP 音源の紹介と分析に続いて、サックス・クラリネット演奏家の渡邊恭一氏が率いる7名の楽団が、栗原所蔵資料から選曲した楽曲の実演を行った。同時代の新しいレパートリーをいち早く取り入れた栗原が、厚みあるサックスが生み出す和声などの特徴でエノケンの活動を彩り支えていたことが体得された。楽譜資料のさらなる調査と同時代文献の考証の進展を促す意義深い研究会となった。


左:研究会チラシ 右:シンポジウムでの議論の様子
公募研究課題2
戦後日本映画における撮影所システムの変遷とその実態:日活ロマンポルノを中心とした実証的研究
2018 年12月22日に、早稲田大学戸山キャンパスにて研究会「プレスシートから読み解く日活ロマンポルノ」を開催した。開会挨拶では碓井みちこが、プレスシートとは何か、また研究題目にもある撮影所システムとは何かという解説を交えて、チームのプロジェクトの概要、そして今回の研究会の開催趣旨を説明した。第一部では、木原圭翔が演劇博物館の所蔵するプレスシートの概要を、全体の枚数や年代別の分布等をグラフで示しながら紹介した。次いで鳩飼未緒は、『すけばん刑事 ダーティ・マリー』(1974 年)を例に、プレスシートや、ポスター、新聞広告といった宣伝資料から何が明らかになるのかを示した。第二部では、日活ロマンポルノの企画や宣伝の担当者であった成田尚哉氏と早乙女朋子氏をゲストに招き、藤井仁子と鳩飼が聞き手を務めて座談会を行った。成田氏には「天使のはらわた」シリーズや『ラブホテル』(1985年)といった企画担当作の成立経緯を、早乙女氏には、プレスシートに記載するキャッチコピーやあらすじをどのように作成し、完成したプレスシートをどのように宣伝に活用していたのかを、具体的なエピソードを交えてご説明いただいた。ロマンポルノの配給や興行に関しては証言が少なく、実態は映画研究者の間でもあまり知られていない。プレスシートはそうした側面の解明に格好の資料であるにもかかわらず、これまで映画研究にほとんど活用されてこなかった。様々な角度からプレスシートへのアプローチを試みた本イベントは、新たな研究の出発点となるはずである。


左:研究会チラシ 右:公開研究会の様子
公募研究課題3
マルチマテリアルを基礎とした立正活映作品の復元
神戸映像アーカイブ実行委員会との共催企画として神戸発掘映画祭2018内のイベント「発掘と研究 宗教と映画」を開催した。そのなかで代表者の上田学は、共同研究課題の成果発信として『鍋かぶり日親』(1922年)と『釈迦の生涯』(1961年)の製作背景および現存フィルムについての解説を、協力者のユリア・ブレニナが1920 年代の日蓮主義および日親についての研究発表をおこない、あわせて両作品を上映した。『鍋かぶり日親』は失われたと考えられていた新発見の作品であり、イベントは好評のうちに終了した。
公募研究課題4
描かれた中国演劇と大正期日本:福地信世『支那の芝居スケッチ帖』を中心に
2018 年10月23日、上海崑劇団と早稲田大学演劇博物館演劇映像学連携研究拠点主催による講座と上演「崑劇と日本の百年」が大隈記念講堂大講堂で行われた。この催しは、来日する上海崑劇団の代表団から、これまで国内で実施してきた崑劇普及活動「崑劇走進校園」を早稲田大学で開催したい、という申し出があったのに対し、演劇博物館演劇映像学連携研究拠点と同拠点の共同研究チームが応じることで実現したものである。来年2019年は、世界的に著名な中国の女形俳優梅蘭芳による最初の来日公演が行われた1919年から、ちょうど百年の節目の年となる。早稲田大学とも深い縁のある梅蘭芳はこのとき崑劇の演目を複数披露し、当時の人々は日本の舞台で初めて中国の崑劇を目にすることになった。今回の催しでは、この公演以来の崑劇と日本とのかかわりを回顧すべく、上海崑劇団には特に梅蘭芳が来日時に演じた『玉簪記・琴挑』を上演してもらうことになった。当日は開場前から多くの観衆が大隈記念講堂前で列を作り、最終的には600 名を超える入場者があった。第一部では、研究代表者の平林宣和から「崑劇と日本の百年」というタイトルの意義を説く解説があり、続いて上海崑劇団の団長で、上海市の伝統芸能界を統括する上海戯曲芸術中心の総裁でもある谷好好氏より、崑劇および上海崑劇団に関する講演が行われた。
第二部では、まずコーディネーターを務めた陸海栄氏による演目解説があり、さらに劇団に随行して来日した古琴奏者の楊致倹氏が日中の琴を通した交流の歴史を講じたのち、名高い「高山流水」の曲を披露した。続いて崑劇三演目が上演された。最初の『扈家荘』と二番目の『虎嚢弾・山亭』は、いずれも『水滸伝』に基づく芝居で、銭瑜婷氏による扈三娘の激しく流麗な立ち回りや、呉双氏演じる魯智深と酒売りのユーモラスな演技に、会場からは盛んに拍手喝采が送られた。続く三番目の『玉簪記・琴挑』では、主演の黎安・陳莉両氏が演じる書生と尼僧の琴を通した心の探り合いに、観衆は終始息を飲んで見入っていた。最後に谷好好氏と演劇博物館の岡室美奈子館長の間で感謝状と記念品の交換があり、日中平和友好条約締結40周年、演劇博物館開館90周年、上海崑劇団建団40周年を祝う催しにふさわしく、和やかな雰囲気のもとに幕を閉じた。

左:研究会チラシ 中央:平林氏による講演の様子 右:『琴挑』上演の様子