殿
来つて惟盛卿をかくまへ有とのつ引させぬ詮義せんぎからすさぎと云抜ては帰れ邪智じやちふかい梶原もし吟味ぎんみに参ろもしれずと心たくみは致して置油断ゆだん怪我けがのもとあすからでも我隠居上市村へおこしあれと申上れば惟盛卿父重盛の厚恩かうおんを受たる者はいく万人数かぎりなき其中におことが様な者あらふか昔はいか成者なるぞと尋給へば私めは平家代盛よざかりの折から唐土もろこし硫黄いわう山へ祠堂しだう金お渡しなさるゝ時おんどの瀬戸にて船乗すへ三千両の金わけ取に致した船頭せんだう詮義せんぎあらばたちまち命も取れんに有がたいは重盛様日本の金唐士へ渡す我こそは日の本盗賊とうぞくと御身の上をくやみ給ひかさねて何詮義せんぎもなく此山家へ参つて此商売しやうばい今日を安楽あんらくくらせ共親の悪事が子にむくせがれ権太郎めがぬすみかたり人にいはねど心では思ひ知たる身の懺悔さんげお恥しうござりますとかたるに付て惟盛も栄花ゑいぐはの昔父の事思ひ出され御ひざに落る涙ぞいたはしき娘お里は今宵待月のかつらの殿もふけ寝道具ねだうぐだかへ立出れば主ははつと泣目をかくコリヤ弥助今云聞した通上市村へ行事をかならず々忘れまいぞ今宵はお里と爰にゆるりかゝとおれとは離座敷はなれざしきとをいが花のがなふて氣らくに有ふと打笑ひ奥

地色:申上れば,ハル:申上れば地色/ハル

色:惟盛卿

詞:父

地:昔は,中:昔は地/中

ウ:いか成

フシ:尋給へばフシ

詞:私めは

地色:思ひ知たる,ハル:思ひ知たる地色/ハル

ウ:お恥しう

中:ござります

ハル:語るにハル

中:惟盛も

表四:栄花の,ハル:栄花の表四/ハル

ウ:思ひ出され

スヱ:落るスヱ

中:いたはしき

地:娘,ハル:娘地/ハル

ウ:今宵

ウ:月の

中:殿もふけ

ウ:寝道具

ハル:立出ればハル

ウ:主は

色:泣

詞:コリヤ

地色:今宵は,ウ:今宵は地色/ウ

ハル:嚊とハル

詞:香が

地:氣楽に,ハル:氣楽に地/ハル

中:打笑ひ

ハルフシ:奥ハルフシ