公募研究2「無声映画の上演形態、特に伴奏音楽に関する資料研究」

    研究代表者 長木誠司(東京大学大学院総合文化研究科教授)
    研究分担者 紙屋牧子(東京国立近代美術館フィルムセンター客員研究員)
          白井史人(東京医科歯科大学教養部非常勤講師) 
          柴田康太郎(東京大学大学院人文社会系研究科博士課程)
          山上揚平(東京藝術大学音楽学部非常勤講師)

 ○研究成果概要(平成27年度)
 本研究は、演劇博物館所蔵の無声映画の伴奏譜を対象とする。本資料は1920年代の半ばから1930年代初頭にかけて作成された楽譜資料である。日活直営の品川娯楽館を中心とした映画館所蔵の楽譜と、1920年代に娯楽館などの日活直営館で活動していた楽士・平野行一(1898~没年不詳)という人物が所蔵・使用していた資料が大部分であることが分かった(2014年度調査結果)。この「ヒラノ・コレクション」を主たる調査対象とし、大正から昭和初期にかけての映画の伴奏音楽の実践を、特に楽譜資料の分析を通じて明らかにすることが本研究の目的であった。
 研究成果の概要は以下の3点にまとめられる。

1.楽譜資料の時代考証・内容分析…コレクション内の楽譜は少なくとも1924年頃からトーキー初期の1933年頃にかけて収集・使用されたことが分かった。まとまって所蔵されていた国内出版曲集『Small Orchestra』などのうち、使用頻度が低く未整理のままであったパート譜の目録化と照合を進めた(400点程度)。その結果、映画館の規模に合わせた楽器編成の取捨選択、手書きによる楽譜(特に三味線など)の追加や、パート譜の体系的な収集・管理が行われていたことが明らかとなった。

2.同時代の文献調査・他の楽譜資料との関連…『東京演芸通信』などの同時代の文献資料の収集・調査を進め、同時代の楽士の活動や映画館興行のなかでの伴奏音楽・奏楽の機能を検討した。また、佐々紅華遺稿(埼玉県寄居町)、松平信博遺稿(愛知県豊田市・松平郷)内の楽譜をコレクションの楽譜と比較検討し、日活の依頼のもとで彼らが作曲した邦画用伴奏曲が各直営館へ浸透していく過程が示唆された。

3.作品別の楽譜資料の検討と参考上映…本コレクション内に保存されていた特定の作品のために作成された楽譜は、楽士の手稿による選曲譜「ヒラノ選曲譜」(31作品+無題断片)と、製作会社が簡易印刷し発行した「日活配給選曲譜」(12作品+断片)に大別される。このうち『軍神橘中佐』日活配給選曲譜(計8曲、アメリカ発行曲集からの転用や軍歌を含む)と、『忠臣蔵』ヒラノ選曲譜(計9曲、邦楽古典曲と松平信博作曲による楽曲1曲)を用いて参考上映を行った。楽曲の出典調査などを行い、演奏家の協力のもと楽器編成・楽曲の反復回数・場面との組み合わせを選択した。製作当時の楽譜を用いた再現の試みとして一定の成果が上がったが、楽譜の使用法や弁士の説明との関連や、通作された欧米の伴奏譜の活用との相違などの課題も明らかとなった。更なる活用法を検討したい。