公募研究2「東西演劇交流におけるメディア・記憶・アーカイヴをめぐる研究」

    研究代表者 上田洋子(早稲田大学文学学術院非常勤講師)
    研究分担者 永田靖(大阪大学大学院文学研究科教授)
    太田丈太郎(熊本学園大学商学部教授) 
    内田健介(千葉大学大学特別研究員)
    斉藤慶子(早稲田大学文学学術院博士課程)

 ○研究成果概要(平成25年度)
 1928年、二世市川左團次一座が初の海外公演をソヴィエト連邦のモスクワとレニングラードにおいて一カ月にわたり公演を行った。この公演の反響は各新聞・雑誌で歌舞伎に関する記事があふれかえるほどで、ソヴィエトを代表する多くの批評家や演劇人による歌舞伎に対する論評が執筆された。それら大量の歌舞伎に対する記事たちは、一つの大きなスクラップブックにまとめられ、左團次に贈呈されたのち、同時期の1928年に開場した演劇博物館に寄贈された。この歌舞伎ソ連公演記念アルバムには270件を越えるロシア語新聞・雑誌記事、64枚の写真がスクラップされており、国家事業としての演劇招聘に関するソ連側の紙媒体による報道の全体像を概観することが可能である。
 今年度、本研究テーマではこの全273記事の翻訳を一通り完成させることができた。また、記事と同時に収められていた64枚の歌舞伎役者の写真についても児玉竜一氏の協力により人物や役柄を特定することができたことで、貼り込み帳の詳細をロシア語に通じていない日本の一般の人々にまで広く公開できる状態になったことは大きな成果といえるだろう。
 しかしながら、記事の翻訳は下訳の状態であり、当時のソヴィエトで使われていたジャーナリズムにおける言語の用法や、歌舞伎の用語のロシア語への翻訳に関する問題について未だ修正が必要な状況であり、春からの研究会で繰り返し翻訳者同士による協議を行い、記事の中でも重要な記事の修正・訂正を行った。しかし、全273本という数の多さのため、全ての翻訳に対する修正は今後も作業の継続が必要である。
 このほかロシアの各アーカイヴにおいて当時の新聞・雑誌の研究調査を代表の上田洋子が行い、その成果として貼り込み帳に収められていない新聞記事の発見や、貼り込み帳に収められていた記事がどのような状態で新聞に掲載されていたのか(貼り込み帳には切り抜かれた状態で収められているため新聞の何面にあるかなどは判別できない)を確定させることができ、貼り込み帳の記事の価値や重要性をはっきりさせることができた。そして、分担者である内田健介により、ロシア連邦公文書館、ロシア国立文学芸術文書館に保管されている歌舞伎公演に関する政府内の文書調査が行われ、国家事業としての歌舞伎招聘がソヴィエト政府内でどのように成立していったのかについても明らかすることができた。