公募研究9「19世紀末から20世紀前半のフランスにおける「絵描きの仕事」と舞台芸術界の美学的関連ならびに人的交流をめぐる研究」
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研究代表者 間瀬幸江(早稲田大学文学学術院助教)
研究分担者 藤井慎太郎(早稲田大学文学学術院教授)
セシル・クータン(フランス国立図書館演劇部門主任学芸員)
クリスティーヌ・アモン(パリ第三大学名誉教授)
○研究成果概要(平成24年度)
さまざまな芸術ジャンルが複合的に連関しあい総合芸術としての特性が不動のものとなった、両大戦間のフランス演劇において、作者として上演史に名前が残したのは多くの場合、演出家あるいは作家である。しかし、絵筆一本のフットワークで、芸術界の人的ネットワークを自在にわたり歩きつつ所謂「作者」からの依頼をうけて舞台芸術作品づくりに関わっていた「絵描き」の活躍は、クリスチャン・ベラールやレオン・バクストといった著名な芸術家を別にすると、歴史の表舞台で語られにくい。本研究の目的は、両大戦間期という時代のうねりのなか、芸術、演劇、出版など、ジャンル横断的に活躍していた職人としての「絵描き」の動向に的を絞り、19世紀末から20世紀前半にかけてのフランス劇界を人的交流面から眺め直すための新たな視点を提示することにあった。
芸術家に関する総記資料(Benezit: Dictionnaire des peintres, sculpteurs, dessinateurs et graveurs)を参照しながら、以下幾つかの切り口を設定し個別研究を行なった。まず、「絵描き」が中心的役割を担ったことが既知とされる象徴主義演劇のプログラム等を分析(クリスティーヌ・アモン)し、「絵描き」による図像等のイメージが上演作品の視覚的置換物として提出されている点を指摘、演出家/劇作とは異なる第三の作家性が「絵描き」の仕事に認められることを確認した。セシル・クータンは歴史研究の立場から、第一次世界大戦中のフランスの軍隊に設置された「カムフラージュ部門」(大砲や兵隊の姿を隠すため、芸術を生業とした兵士を結集しさまざまなカムフラージュにための作業に従事させた)の活動の具体例を報告した。ここで用いられた技法と、出来上がった人的ネットワークが、両大戦間期の「絵描き」たちの働きにダイレクトに影響を与えた可能性が示唆された。両大戦間期に挿絵画家として人気をはくしたエルミーヌ・ダヴィッドは、劇作家ジャン・ジロドゥの小説の挿絵を複数作品手がけているが、彼女を始めとした挿絵画家などが世に出た背景の把握のためにも、第一次世界大戦中にできた人的交流図を視野に入れることが重要である。以上のことから、当時のフランス劇界の成り立ちを立体的に把握するために、多ジャンルにまたがって仕事をした「絵描き」についての複数のモノグラフ研究を基礎研究として並行して進めることが有用であるとの認識を得た。