<2011年度第4回 研究報告会のお知らせ>
戦前戦時下における日本映画のグローバリゼーション
 ――文化進出とプロパガンダ

演劇博物館演劇映像学連携研究拠点テーマ研究「日本映画、その史的社会的諸相の研究」が主催する研究報告会(研究代表者:岩本憲児)が、下記の通り開催されます。どなたでも自由に参加できます。

◆日時 
2012年2月4日(土)13:30~17:30(13:00より開場)

◆会場
早稲田大学キャンパス 26号館(大隈タワー)302会議室
※入場無料・予約不要

13:30-14:15
古賀太(日本大学芸術学部教授)
「戦前における映画の海外進出と国際文化振興会」
日本映画の海外進出と言えば、1951年のベネチア国際映画祭における黒澤明の『羅生門』のグランプリ受賞が有名だが、1938年の『五人の斥候兵』(田坂具隆監督)の民衆文化大臣賞については、くわしい記述が少ない。この受賞を中心に、戦前の欧米への日本映画進出はどのようにして行われていたのか、とりわけ国際文化振興会がどのような役割をしていたのかを、同振興会の資料や当時の報道、あるいはベネチア国際映画祭のアーカイヴ資料を調査した。その結果わかったのは、それまで国際文化振興会の映画分野の活動は記録映画の製作が中心であったが、1938年に国際映画協会が解散してから、劇映画の輸出に力を入れ出したことである。そしてその年に運良く『五人の斥候兵』が受賞したが、それは同時にベネチア国際映画祭自身が次第に自国及び同盟国のプロパガンダへと傾き始めた時でもあった。

14:20-15:00
蔡宜静 (台湾、康寧大学応用日本語学科助理教授)
「日本統治下における台湾の映画観客:彼等は何を見たか」
日本統治下の台湾はもともと自主的に映画を製作するための条件が成熟しなかったため、戦時中、西洋映画、日本映画、中国で製作された映画が競って台湾において上映されていた。本発表は、まず、先行研究に踏まえ、当時統治下の台湾各都市における映画館の経営実態を整理し、当時の映画館の数、席数、観客層や上映映画の内容に関する情報を概観的に示したい。次に、非営利の映画上映活動と見比べ、総督府側がいかに映画の特質を生かし、そのプロパガンダを民衆の生活に浸透させていくかを概説した上で、日本統治下における台湾民衆の映画受容の一端を明らかにしたい。

15:15-16:15 招聘報告
張新民大阪市立大学大学院文学研究科准教授
「日本占領下の華北における日本映画」
「盧溝橋事件」によって、日中全面戦争に突入、日本軍占領下の華北地域において、映画を内外思想宣伝の武器として、映画館再建、映画市場獲得、巡回映画実施など、映画上映を優先する映画工作が展開された。本発表では、日本映画に焦点を絞り、華北の映画館設置状況や配給網整備、及び宣撫映画巡回映写活動などを概説しつつ、日本による映画工作状況を明らかにする。

16:30-17:30
共同討議(司会、岩本憲児/日本大学芸術学部教授)
「戦前戦時下における日本映画の海外進出をめぐって」
日本映画の海外進出を戦前戦時下に限ってみるとき、サイレント映画期は点でしかなかったが、トーキー期に入ると、それを線へ繋ごうとする努力が見られる。一つは、海外への日本映画輸出という民間の思惑、もう一つは近代日本を海外へ知らせようと試みる官庁の思惑。両者の思惑は、不幸なことに日中戦争と太平洋戦争のさなかで実現の道をたどることになる。当研究会は今年度、その実態の一部を調査報告するにとどまったが、これまで明らかになったこと、いまだ調査途上にあることなどを踏まえながら、今後の検討課題を会場の参加者とともに考えていきたい。