テーマ研究1「日本における中国古典演劇の受容と研究」

    研究代表者 岡崎由美(早稲田大学文学学術院教授)
    研究分担者 平林宣和(早稲田大学政治経済学学術院准教授)
          川浩二 (早稲田大学文学学術院非常勤講師)
          岩田和子(早稲田大学文学学術院助手)
          黄仕忠(中国中山大学中国古文献研究所所長・教授)
          傅謹(中国戯曲学院戯曲研究所所長)
          王宣標(中国中山大学中国無形文化遺産研究センター助教)

 ○研究成果概要(平成22年度)
 日本における中国古典演劇受容の一形態を示す資料として、明代伝奇『水滸記』の日中対訳抄本を三種発見した。これらは早稲田大学演劇博物館所蔵本、山口大学図書館所蔵本、関西大学図書館所蔵本であり、その日本語訳は、他に類を見ないほぼ全訳であること、日中対訳形式であること、さらに三種がそれぞれ独立したものではなく、草稿から完成稿へのプロセスを示す同一テキストであることを明らかにした。これは、日本人による中国古典演劇のテキスト解釈の様相を示すのみならず、翻訳作業の具体的な工程を明らかに示す極めて稀な資料である。日本における中国古典小説の翻訳についてはすでにかなり研究が進んでいるが、中国戯曲についてはほとんど未開拓であり、さらにこのような翻訳のプロセスを示す複数の抄本は他に類がなく、また世に知られていない。江戸期の唐話学習や『水滸伝』研究の方面からも、貴重な資料といえる。また、山口大学図書館所蔵本は山口藩毛利家の旧蔵であり、本抄本が中国古典演劇に対する日本最古の全訳稿本である可能性も高く、その点でも貴重な資料であるといえる。三種のうち完成稿と目される早稲田大学所蔵本については、研究協力者伴俊典氏の設計によるデジタル・テキスト・データベースを作成し、演劇博物館のホームページに試験公開した。
 また、日本に所蔵される説唱文芸版本の総合的把握をめざす中国説唱書誌調査法研究会を立ち上げ、説唱版本の書誌データをとりながら、その実践の中から説唱版本の資料の特性を活かしうるデジタル目録フォーマットの構築を模索した。

一方2010年度から、江戸から明治にかけての文字ベースの中国古典演劇受容に加えて、それに続く時期、すなわち明治末期から昭和初期の時代における実際の上演を基盤とした中国古典演劇の受容に関する研究活動を開始した。中国の清末に当たる明治末頃から、直接中国に渡って彼の地で上演される昆劇や京劇などの中国古典演劇に接する日本人が出現し始め、また京劇の梅蘭芳や昆劇の韓世昌といった一流どころの俳優による訪日公演も行われるなど、日本における中国古典演劇受容はより多面的な展開を見せるようになった。昭和三年に開館した演劇博物館には、この時代の資料が数多く残されており、2010年度においては中国戯曲学院(伝統演劇大学)戯曲研究所所長の傅謹教授、および梅蘭芳訪日公演研究に業績のある武漢大学の鄒元江教授とともに演劇博物館所蔵資料の検証を実施、また1923年に上海で日本人により組織された支那劇研究会とその会報『支那劇研究』についての調査を行い、それぞれの研究成果は下記の後期報告会および講演会において発表された。