公募研究7「謡伝書の具体的理解と体系的把握へ向けた基礎作業―演劇博物館所蔵謡伝書の翻刻と謡本の節付け研究」

    研究代表者 藤田隆則(京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター准教授)
    研究分担者 中野薫(早稲田大学演劇博物館助手)
            重田みち(早稲田大演劇学博物館客員研究員)
            恵坂悟(羽衣国際大学非常勤講師)
            丹羽幸江(昭和音楽大学非常勤講師)
            森田都紀(東京芸術大学大学院音楽研究科リサーチセンター特別研究員)
            北見真智子(大阪音楽大学非常勤講師)

 ○研究成果概要(平成21年度)
 早稲田大学所蔵の江戸初期謡伝書の翻刻をつうじて、謡伝書には何が記載されているのか、その大まかな像を把握することが狙いであった。
 謡伝書が、五音の解説、謡う場所での諸注意などを中心にすえるのは、世阿弥や禅竹以来の伝統であるが、江戸初期の謡伝書は、五音などの記事の形式的反復にくわえ、謡の文字の発音、拍子の細部など、技術的な点により関心が向けられる。その結果、記述は断片化し、項目数が増えていく傾向がうかがえる。言及される作品の数も、比較的上演頻度の高い作品が中心になっていく。つまり、それだけ、記述項目は、具体的な謡の上演との関係を想定した上で選択されているということである。もちろん、その記述内容が具体的にとらえられていたかどうかは、また別の問題であるが。
 江戸初期は、謡い方の中でも強吟と弱吟という分類が定着するなど、式楽化などの制度変化の中で様々な技法を安定的に維持するための工夫がおこなわれたはずである。しかしながら、本研究では、それらの変化を、謡伝書のなかに同時代的に見つけることはできなかった。謡伝書は、基本的に子弟関係の中で伝授される、いわば隠蔽される性質の知識であるため、現実の上演上の変化が、そこに即座にあらわれるような性質のものではなかろう。
 翻刻の作業結果は、ホームページとして公開したが(※1)、急ピッチでおこなったためまだ完全であるとはいいがたい。今後も、翻刻データの修正作業を継続する予定である。

※1  伝音アーカイブズ  > 謡伝書の具体的理解と体系的把握へ向けた基礎作業(演劇博物館所蔵謡伝書の翻刻データ公開

○研究業績
・論文
藤田隆則 「歴史史料としての口頭伝承(録音資料)ー京観世の強吟」 『芸能史研究』187号 59-68頁 2009
藤田隆則 『能のノリと地拍子ーリズムの民族音楽学』 全270頁 2010
藤田隆則 「能と狂言における下り羽・渡り拍子・囃子物・シャギリー登場から退場への構造」 『祇園囃子の源流』植木行宣・田井竜一(共編) 267-289頁 2010
丹羽幸江 「能楽の声楽、謡の20世紀初頭における歌唱法の変化--ヨワ吟の装飾法としてのコブシ」 『第八回中日音楽比較国際学術検討会論文集』 75-80頁 2009
丹羽幸江 「江戸中期における能の謡の吟の諸相――五つの吟と吟の表記「キ」」 『音楽学』55巻 15-26頁 2009
森田都紀 「日本の学校教育における伝統音楽の指導ー口唱歌を用いた授業案」 『第八回中日音楽比較国際学術研討会論文集』 2009
森田都紀 「能管における唱歌と音楽実体の結びつきに関する一考察」 『東京芸術大学音楽学部紀要』第35集 171-183頁 2010
北見真智子 「新潟県の大須戸能における伝承演目の推移」 『大阪音楽大学研究紀要』48号 77-88頁 2010
・学会発表
丹羽幸江 「能楽の声楽、謡における20世紀初頭における歌唱法の変化」 南京師範大学、中華人民共和国 2009/9
丹羽幸江 「明治から昭和初期の謡におけるヨワ吟の装飾法と個人様式」 沖縄県立芸術大学 2009/10